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札幌地方裁判所 昭和33年(モ)950号 決定 1958年10月18日

原告 王子製紙工業株式会社

被告 王子製紙労働組合苫小牧支部

主文

申立人の申立を却下する。

申立費用は申立人の負担する。

理由

申立人の申立の趣旨および理由は別紙のとおりで、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

まず、申立人の(イ)の申立について考えてみる。記録(当庁昭和三三年(ヨ)第二八九号)および当事者双方提出の資料によれば、申立人主張の当庁昭和三三年(ヨ)第二八九号妨害排除仮処分決定の正本が被申立人に対して送達された昭和三三年一〇月九日午後四時二〇分以後において、被申立人の所属組合員および争議参加者が、いわゆる送木水路に前後二・三回にわたり石・鉄棒などを投入し、それを排除しようとした申立人側の行為を妨害した事実が認められる。しかしながら、右資料によれば、同月一三日ごろまでには、申立人側において被申立人側の妨害もなく水路の障害物をほぼ取り除き、かつ、同月一三日午後からは被申立人側の妨害(その一部の分子によつて被申立人の方針に反してされたささいな所為を除く。)を受けることなく右水路を利用して所要原木を流送しておる事実が認められる。

右後段の事実からすると、申立人の(イ)の申立については、かかる執行命令を発することは相当でないことは明かである。

次に、(ロ)の申立について考えてみるに、わが執行法は、金銭債権以外の債権についての執行の方法として、有体物の引渡請求については執行吏による直接的な強制、作為または不作為を目的とする請求については、受訴裁判所による代替執行乃至間接的な強制による方法または意思表示義務の執行についての特別の方法を規定しているに止まるから、債務者が人力による抵抗で不作為義務に違反した場合に、その違反行為をしている人体に対し、直接的な強制を加えてその違反行為を除去することは許されないものと解すべきである。もつとも民法第四一四条第三項・民事訴訟法第七三三条によれば受訴裁判所は不作為を目的とする債務について適当な処分をなし得る旨規定されているので、その処分の内容として右のごとき直接的強制を加えることも包含しているごとく解せられないでもない。しかしながら、右のごとき直接的な強制は前記のごとくわが執行法上明文がなく(かかる執行が許されるとするなら、こと人権に関する問題であるから当然明文がある筈である。)、むしろ右の適当な処分とは、不作為義務違反の行為を予防するため、違反の原因である物的状態を除去させ、またはこれを防止する物的設備をすることを命じ、将来の損害に対し担保を提供させるなどという結局において人体に対する直接的な強制以外の処分を意味するものと解すべきである。

以上のように、現行法上、私人間の紛争解決のため不作為義務の強制執行の方法として、授権決定において直接人体に対する強制力を加えることを内容とする処分を求めることはできない(民事訴訟法第五三六条第二項又は執行吏執行等手続規則第五六条に基き執行吏等が執行をなす場合において抵抗を受けたときにこれを排除できることは、右抵抗が公法上の服従義務違反に他ならないから許されるに過ぎない。)ものというべく、したがつて右(ロ)の申立(器材を用いてする妨害の排除を求める部分を除く。)は法律上許されない。

のみならず、前記仮処分決定送達後も、被申立人の所属組合員および争議参加者が、いわゆる工場東北門の申立人の専用側線の線路およびその敷地内において、数回にわたりスクラムを組みまたは坐り込んで貨車の入構を阻止したけれども、同月一四日ごろからは、専用側線上でのスクラム・坐込みなどをやめ、レールの両側にピケツトラインを張るに止め、かつ、同月一六日被申立人側において、爾後は各レールからそれぞれ外側にむかい約一八〇センチメートルの地線以内に立ち入ることなく、貨車運転者その他操車に従事する者に対し平和的な説得および団結による示威の方法によつて貨車の入構を阻止する旨の決議がなされ、その旨所属組合員に指令し、その他の争議参加者にもその旨徹底させて統制に服する旨了解を得た事実が認められる。

このように、同月一六日以後は、被申立人側においては、各レールからそれぞれ外側にむかい約一八〇センチメートルの地線以内に立ち入らない旨の方針を打出し、所属組合員およびその他の争議参加者に徹底させて了解させているのであるから、少くとも所属組合員等が統制を守りかかる方針に従つて右地線(いわゆる建築限界より更に五〇糎遠ざかつた距離)以遠に居る限り、換言すれば、右方針が有名無実なものでない限り、生命・身体に対する危険は、ほとんどないと一応考えられる。また、前記平和的説得等の方法による貨車の運行の阻止が成功しなかつたため貨車が進行してきた場合において、万一危険発生のおそれが生じたときは、被申立人側において平和的説得等に名をかりて右の約一八〇センチメートルの地線を固執して動かないならば格別、貨車の運行速度もそれ程高速であることは予想せられないから、危険をさけるため右地線からさらに遠ざかる等時宜に適した処置をとることもできる筈である。もつとも、組合員等中に混入した野次馬的第三者が偶発的に右地線を超えることがあれば危険な状態が惹起せられることも予想するに難くないが、このような事態が仮に発生したとしても、それは被申立人の本件不作為義務と何ら関係のないことはいうまでもない。したがつて右地線以遠で説得および示威のためのピケツトラインを張つて貨車の入構を阻止しようとすることは、貨車の運行を争議権の範囲を超えて実力で阻止してはならないとの前記仮処分決定に違反するものでないと解するのを相当とする。しかして、被申立人が同日以後、貨車の進行中該地線以内にその所属組合員等をして立ち入らせたとの確証もなく、また、他に被申立人が前記説得等の方法によつては阻止しえなかつた貨車の運行を危険発生のおそれがあるにもかかわらず実力をもつて阻止した(器材を用いてする妨害も含む。)との資料も存しない。

従つて、右(ロ)の申立もまた理由がない。

申立人は、ほかに、将来の妨害行為を排除するための適当な処分を求めているが、その処分の内容を特定していないから、この点は、申立の要件を欠くものといわなければならない。

以上の次第であるので本件申立はいずれもこれを却下し、申立費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条・第九五条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 田口邦雄 賀集唱 小谷欣一)

(別紙)

申立の趣旨

申立人の委任する札幌地方裁判所執行吏は、札幌地方裁判所昭和三三年(ヨ)第二八九号妨害排除仮処分申請事件の決定に基き

(イ) 被申立人の費用をもつて被申立人が送木水路内に投入した石、丸太等の障害物を除却すること。

(ロ) 被申立人が所属組合員もしくは第三者をして工場東北門を通る貨車を線路上及び線路敷地内にピケを張り若しくは、器材を用い右貨車の運行を妨害する行為を排除すること。

及び将来これらの妨害行為を排除するため適当な処分をすることができる。

との裁判を求める。

申立の理由

一、申立人(以下会社という)は、その申立に係る当庁昭和三三年(ヨ)第二八九号妨害排除仮処分命令申請事件につき去る十月九日仮処分決定をえ、右決定は同日被申立人に送達せられた。

二、右決定は、

「被申請人は、その所属組合員もしくは第三者をして、実力をもつて申請人または申請人の指定する者のなす次の行為を妨害させてはならない。

(イ) 別添物件目録記載の工場東北門を通る貨物列車による製品を出荷しまたは原材料を入荷する行為、

(ロ) 右工場北方の山林土場から、工場構内に通ずる送木水路を利用して原木を工場内に流送する行為、

ただし右の禁止は言論による説得ならびに団結による示威におよぶものでない。申請費用は被申請人の負担とする。」

というものである。しかるに、被申立人は右決定が送達された後においても、これまでと同様工場東北門線路上及び線路敷地内において重厚なスクラムをくみ、製品の出荷、原材料の入荷を阻止妨害している。また、送木水路に対しては石丸太等を投入し、積極的な妨害行動によつて、右水路を事実上使用不能に陥らしめたばかりでなく、その周囲を約二百名をもつてとり囲み、会社がこれら障害物を除去することができないような態勢を維持している。会社は被申立人の右のような妨害行為に対し、再三、再四これをやめるよう抗議したが、被申立人は右妨害行為は仮処分決定主文但書にいう「団結の示威」であると称し会社の抗議に対し全く耳を藉さない有様である。

よつてここに、会社は民訴法第七三三条第一項民法第四一四条第三項に基き申立の趣旨記載のような決定を求めるため本申立に及んだ次第である。

(物件目録省略)

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